アルバイトの求人情報誌が一昨年前に比べて半分以下の薄さで驚きました。 去年までは売り手市場だった新卒就職市場も、ご覧の有様です。 一年生まれるのが遅いだけで、ああ素晴らしきこの世界、です。 さて話変わって、「世界中で通じる言葉」というものがありますよね。 例を挙げると「コカコーラ」、「カラオケ」、そして「カラシニコフ」という言葉があります。 銃のことを知らない人でも、そのシルエットは知っていたり、「テロリストの銃」といったイメージがある 世界一有名な自動小銃、それが「AK-47」です。 「カラシニコフ」はAK-47とそのバリエーションを指す世界共通の言葉です。 銃のみならず、数ある兵器の中でもこのような特異なものは他に類を見ません。 今週は、二回に分けて自動小銃の世界的傑作、「AK-47」を取り上げていきたいと思います。 第一回目の今日は、AK-47が誕生するまでのお話です。 ■AKの源流 以前、「自動小銃とは」という記事の中で、ナチスドイツが開発し、アサルトライフルの語源ともなった 「Stg44」をご紹介しました。 このStg44がその後世界中の自動小銃の設計思想に大きな影響を与えた事は疑いようも無く、 AK-47とてその影響を少なからず受けています。 世間一般では「Stg44をそっくり真似たものがAK-47である」との認識が強く根付いています。 確かに、Stg44はAK-47の設計に影響を与えたでしょうし、 AK-47の設計者であるカラシニコフ氏もStg44の存在を意識していたはずです。 しかし、カラシニコフ氏がAK-47を設計する直接の動機となった自動小銃は、 Stg44ではなく、MP40というナチスドイツが開発したサブマシンガンです。 第二次大戦中、東部戦線で戦車兵としてソビエト赤軍に従軍していたカラシニコフ氏は、 このMP40の凶弾に倒れます。 一命は取りとめたものの、驚異的な威力を持つMP40を目の当たりにしたカラシニコフ氏は、 瞬時の火力で戦局を圧倒できる、新しいジャンルの自動小銃の構想を打ち出します。 その後前線を退き、ソビエト軍お抱えの兵器設計者としてソビエト兵器開発局で働いていたカラシニコフは 以前より抱いていた新しいジャンルの自動小銃を完成させるべく、 ソビエト軍次期主力小銃のコンペに参加します。 こうして、AK-47が誕生する事になります。 ■アイディアの粋 このようにして誕生したAK-47は、設計思想をMP40、Stg44から汲んでいる事に間違いないのですが、 実際には数多くの自動小銃からそのヒント・アイディアをもらっています。 実はAK誕生以前より、ソビエト国内では 「ライフルに使用する大型弾と、サブマシンガンに使用する小型弾の中間的性格を持つ、 短小弾を使用する全自動ライフル」 の開発が行われていました。 これこそ正に現代へと通じる「アサルトライフル」の源流でもあります。 その中でも、特に「アレクセイ・スダエフ」という設計者は非常に先見性のある自動小銃を構想・開発 していたのですが、その完成を見ぬまま1945年に若くして病死してしまいました。 結局、この新型ライフルは試作品の一つとして歴史の影に埋もれてしまいます。 カラシニコフ氏は、AK-47をまるごと一丁設計・完成させたイメージがありますが、 AKを設計するにあたり、基幹的デザインをこのAS-44から拝借しています。 つまり、カラシニコフ氏はAK-47を通じてスダエフという設計者の意志を受け継いだ事になります。 このスダエフが設計した試作ライフル+Stg44が AK-47のアウトラインを形作ったと言えます。 他にも、AK-47の細部は ・ハンドガード ・ガスチューブ基幹部 ・ガスブロックリリースレバー →SKSライフル(AK-47の前にソビエト軍に採用されていた主力小銃) ・オペレーティングハンドル部デザイン ・作動機構(ガスオペレーション/ロータリーボルト) →M1ガーランド(当時のアメリカ軍主力小銃) ・セレクター兼ダストカバー →レミントン モデル8(自動小銃黎明期の傑作) 等がそのデザインの元になっています。 このように、AK-47はそれまでの銃器界で培われてきた優れたアイデアを 非常に上手く取りいれ、一つの形にした点が傑作とされる所以です。 ただ私は、別にカラシニコフ氏が人のアイデアを寄せ集めてAKを作った、 という事を言いたいのではありません。 そもそも、銃というものは一人で設計できるような代物ではありません。 多くのエンジニアの知識と、実際に使用する兵士の意見を一つにまとめあげ、 先人達が発明した優秀なアイデアに敬意を払い、完成させていくものです。 もちろんAK-47も例外ではなく、カラシニコフ氏はAK-47というプロジェクトの立役者に過ぎません。 しかし、実際には銃器設計者としての自尊心と誇りが、他人のアイデアの拝借を許さず、 奇をてらった独創的アイデアを追い求め、それはやがて独り善がりな銃の特徴となることが多いのです。 世界中の小銃のほとんどは、そうしたものばかりです。 自国軍の銃器設計という、誉れ高い職業にもかかわらず、 例えそれが他人のアイデア、敵国のアイデアであっても優秀であれば積極的に取り入れ、 より優れたものを作ろうとしたカラシニコフ氏の真摯な姿勢こそが、AK-47の強みそのものなのです。 AK-47には、そうしたアイデアに、「ある工夫」が加わった事で、 その後のアサルトライフルの追随をも全く許さぬ地位を確立する事に成功します。 次回に続きます。
by clan-aaa
| 2009-05-05 07:00
| 「小銃少女」
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